南国食堂 地球屋

アジア料理と沖縄料理

  アジア料理と沖縄料理
〒859-6408
長崎県佐世保市世知原町栗迎349
TEL 090-97815519
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2017.06.06 Tuesday

栗とクチナシの花が咲いてます

お山の地球屋、6月1日から通常営業を始めました。 この1週間くらい、色々気忙しかったり 作業動線や物の配置あれこれと身体がまだ出来上がってなかったりで 睡眠時間3時間くらいでなんとか最初の週の営業を終え、 やっと一息ついたところ。 新聞もろくに読めず、日記も途絶えたまま。 この間、田んぼの準備や畑のお世話もままならず カラカラの畑に水遣りするのが精一杯。 それでも、畑苗代の稲の新芽が稲わらからツンツンと姿を現し 嬉しくもほっとしてます。 去年はえぐりさんから発根した種籾をいただき、 箱苗で発芽させたもので田植えしました。 今年は収穫したお米からの作業なので、 100パーセント自給自足米となります。 農業の醍醐味はここからなので、 今年からが本番。 今月半ばには田植えをしたいので、 いろいろとスケジュールを組み立てないといけない。 今日九州北部の梅雨入りらしいとのラジオニュース。 季節はどんどん移り変わりゆく。




2017.05.14 Sunday

母の背中の思い出

僕の母は、結婚して専業主婦となり、 家を守り僕と妹を育ててくれた。
だから、僕の記憶の中の母はいつも台所に居て、 毎朝食事の準備の音と朝餉の香りで目が覚めていたように思う。
食いしん坊で、いつも腹を空かせていたわんぱく坊主だったので、 家に帰ると「今日おやつ何ー!?」というのが口癖で 子どもが好きそうなスナック菓子じゃないのがちょっとだけ不満ではあったけれど いつも何かしらの手作りおやつで、 「おきっちゃんちはいつもなんか作ってくれてええのぉ」と 友達から言われても「そうなんかのぉ?」と思っていた。
今思えば、身体の事を気遣ってくれたのもあるし、 何より倹約の為の手作りだったんだろうなぁ。
父曰く、「結婚した頃は料理は下手だった」らしい。
色々と勉強して、何度も工夫をしたんだろうなぁ。
口厳しく、典型的亭主関白な父は 仕事から帰宅すると一番風呂に入り 座椅子に座ると絶対一歩も動かず、 「おい、醤油!」「おい、あれ!」と母に指図してるのがなんか嫌で、 ゆっくり食事する暇も無い母が気の毒に思えて 自然と僕が先に動いて取りにいったりするようになった。
今は、家族を支える為、営業職として働きまくっていた父の 家庭内絶対存在感というのもよくわかるし、 心から尊敬している。
酢の物が好きな父の為に、必ず酢の物は一品あったし 父の晩酌の為に一品子どもたちよりおかずが多かった。
父が帰宅するまでは基本僕らも夕食を待ち、 8時を過ぎる連絡がある場合は僕らだけ先に食べて 母は父の帰宅までずっと待っていた。
そんなわけだから、父の帰宅まで台所の母の側で 味見を目当てにうろちょろ料理を見学していたし、 7時過ぎに玄関のチャイムが「ピンポンピンポン!」と鳴らされて 帰宅の合図が鳴ると玄関までお迎えに走ったのも、 「ご飯が食べれる!」という無邪気な喜びだったんだろうなぁと ふと振り返る。
ちなみに、年に何度かチャイムが「ピンポンピンポンピンポンピンポン!!!」と 激しく連打される時は、ケーキのお土産がある時で 猛ダッシュでお迎えに行った。
多分、大きな契約が取れた時だったんだろう。
今みたいに、コンビニやスイーツという存在も無く、 ケーキというものはお誕生日とクリスマスにしかお目にかかれなかった 昭和50年代の話。
1歳になった娘知世子も、僕に似て食いしん坊で 「まんま、まんま!」が口癖。
僕が土間の厨房で料理をしていると、これまでは引き戸の隙間から僕を見ていたが 厨房のレイアウトを変えてからは食器棚が捕まり立ちの良い高さになったので、 頭をひょこっと出してこちらを見ながら「まんま、まんま!」と叫んでいる。









負ぶって作業している時は、肩越しに僕の手元を観察しているので、 「これは人参さん。こうやって切るよ。」なんて解説したりするのも ささやかな幸せを感じる。
やがて自分で歩けるようになったら、「よいしょ!」って言いながら土間に降りてきて 足元でうろちょろするんだろうなぁと想像し、幼き頃の自分と知世子を重ねたりする。
今から40年以上前の時代とは、食事環境も内容も随分変化してしまったけれど、 母から受け継いだ食事の意味や、父から躾けられた作法は ちゃんと知世子にも伝えていけるよう まずもって自分自身がちゃんとしなくてはと思う今日この頃。
今日は母の日。
いつもありがとう。おかあさん。
2017.05.04 Thursday

本とわたし

母が本好きで、物心ついた頃から毎晩絵本を読んでもらうのが 子どもの頃の就寝前の楽しい思い出。 自分で本が読めるようになったら、図書室の本を片っ端から読み漁り、 高校生になると大槻ケンヂの影響で筒井康隆、江戸川乱歩などに傾倒し 古本屋を巡るのが高校の部活帰りの日課だった。 大学受験で茨城まで行く時、母が手渡してくれた文庫本は アメリカ黒人の先祖を辿るベストセラー「ルーツ」だった。 その本の影響もあってか、自分がここに来るまでの足取り、 昔の人たちの暮らしは、漠然とした興味の1テーマになっているようにも思う。 このところ、全然本を開く気持ちのゆとりがないなぁと ふと思い、本棚から手にしたのはこれまた読みかけのままの 小林達雄著 「縄文人追跡」 平田先生に、「縄文人は栗など植林していたらしい」,「世知原は遺跡が多い」などの話を聞いた事がきっかけで、ここ数年は縄文人がマイブーム。 なにせ、ここの地区の名前が栗迎だから、何かしら関連はあるんじゃないかと推測している。
この本は、日経新聞のコラム連載をまとめたもので パラパラと読みやすく、今読んでいる 縄文人の乾杯 果実酒の項は 酒飲みならでわの観点と追求心でクスリとなる。

文章に誘われて、ウイスキーのお湯割りを舐めつつ、 ついブログなんか書き始めたらもうこんな時間。 明日も出店。店の工事も切羽詰まってるし、 早く寝なくちゃ。 夜はゆっくり読書など好きな自分の為の時間も欲しいし、 ななこさんや友達と、これからの事など楽しく語りあいたい。 そんな暮らしを一つの目標に、 健康第一で明日もがんばろう。
2017.04.26 Wednesday

知世子 一歳!

娘の知世子が、4月24日に無事一歳の誕生日を迎えました。

 

この日、双方の両親、義妹のももこさん、えんさんニールさん、まりこさん、中倉夫妻がお祝いに来てくださり

賑やかに過ごせました。

 

産まれて一年、これといった病気もせず、元気に健やかに成長できたのは

奇跡的な事であり、色々な皆さんのご支援があったからこそと、

心から感謝をしています。

 

これまで、友達の子どもがお誕生日を迎えた時は、

『もう一年!早いねぇ。おめでとう!』といった気持だったけれど

自分が実際にその立場になって、はじめてその一年という時間の重みや大切さ、

そして早さを実感しています。

 

日常に追われていつの間にか記憶の片隅にあった

出産までのそわそわドキドキした気持ち、

産まれた瞬間の言葉に言い表せない人生最大の感動、

抱っこした時の小ささと重み、色々と蘇り

この間の成長を改めてかみしめています。

 

ななこさんはお母さんとして、ちゃんと成長してるし、

僕も、お父さん一歳として多少は成長できたであろうか?

 

知世子さん、じきに歩き出して少しずつ会話もできるようになるだろう。

これからがいよいよ本番。

まっとうな人間に成長できるよう、僕自身がお父さんとして

もっともっとまっとうな人間に成長せねばと思う。

 

知世子さんち、セカンドシーズン色々楽しみです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.04.10 Monday

フォークシンガー 豊田勇造ライブ 感想

加川良さんの訃報を聞いた直後、
ハープメグミさんの告知で知った豊田勇造さんの
ガーネットでのライブ。

 

「これは必ず行かねば」と思った。

 

不謹慎な話で申し訳ないが、
もし死んだらもう聴けないんだと思った。
次が必ず有る訳ではないのだからと。

 

自分自身もまた然り。

 

昨日の夕方、寒くなってきたし
体調もいまいちな気がしてきたので
行くのをやめようかとも考えたけれど、
再び思い直して、佐世保の街へ。

 

 

20数年前、初めて加川良さんを観たガーネットへ。


誘ってくれた伊達さんは、
同じ時間帯に同じビルの上にある
ライブハウスに出演というのも、
なんだか因縁めいておもしろい。

 

 

ハープメグミさんは、鍵盤とのデュオでブルースを歌う。
すごくうまくて、佐世保にこんな歌を歌える人がいるんだと
初めて知る。

 

ステージのラスト、彼の知人と加川良さんに捧げた
カーティス・メイフィールドの名曲「People Get Ready」

 

ジェフ・ベック&ロッド・スチュワートのバージョンが有名だけど
ブルースハープのイントロを聴いた瞬間、僕の頭の中では
ソウルフラワーユニオンの中川敬さんの日本語訳の歌声と共に、
先月亡くなったシュウさんの面影が蘇った。

 

 

 

  旅立とう 思いのまま
  集まろう あの場所へ
  無意味な日々にさよなら
  誰もが同じ祝福を

  旅立とう 祈りをこめ
  集まろう あの場所へ
  涙は海へとそそぎ
  誰もが同じ星を見る

  ピープル・ゲット・レディ 汽車がくるよ
  手ぶらで乗り込もう
  心とディーゼルのハミング
  無賃乗車の 永遠(とわ)の道

 

 

最前列、僕の隣の空席にシュウさんが来た気がした。
これからも、彼にライブを色々聞かせてあげようと思った。


豊田勇造さんは、今年で68歳。
若い。パワフルだ。
優しい。

 

そして、半世紀近く歌い続けてきたからこその
円熟味、職人技のギタープレイと歌声。

 

音響システムなんてろくになかった頃からやっているからこそできる
マイクとの距離の詰め方、弾き方の強弱による表現力の豊かさを
目の前でじっくり観ることができてラッキーだった。

 

ステージでは中盤、地元のミュージシャンとぶっつけ本番の
セッションロックンロールライブで、すし詰め状態の中、楽しそうだった。

 

勇造さんがMCで言っていたけれど、
行った先でアマチュアミュージシャンとジャムセッションができるのは
そうそうないらしいし、それ相応の年齢層になっても
ステージに上がればバリッと演奏できるのは、
佐世保の街に秘められた実力だと思う。

 

JAZZだけじゃない街 佐世保 だよね、光さん (笑)


勇造さんの年齢ともなれば、高田渡さん、加川良さん以外に多くの
仲間や友達、親族などを見送って来られたであろう。

 

そんな想いを胸に歌われた、「追憶」や「花の都ペシャワール」
死の悲しみを超えた 包み込むような優しく温かな歌声が
まだまだ道半ば生半可な我が身にぐっと伝わる。

 

『死に急ぐ事はない 生き急ぐ事はない』
という歌詞に込められたメッセージ。

 

命の尊さを詠う 命を寿ぐ これこそが フォークシンガーの本質・真髄なんだ。

 

来年もまたガーネットで勇造さんのライブを聴きたい。


永年佐世保のミュージックシーンを支えてこられたガーネットにも
またちょこちょこコーヒーでも飲みにいきたい。

 

再来年、2019年7月6日(土)京都で
豊田勇造7時間70曲ライブをする予定らしいので、
その時は、知世子さんにも是非聴いて欲しいと思う。

 


 

2017.03.28 Tuesday

見えない光がやってきた

こないだ、うちに逗留していたフランス人のヴェロニクさんたちに、

「あ、うちネットないよ。」って言ったら
「メールチェックとかできん!どないしよ。」と焦ってたので、
「ま〜、10年くらい前はネットもそんなに普及してなかったし、
100年前は電気もろくになかったりしたからねぇ。」なんて
適当な事を言ったら笑ってた。
iPadでそれなりに事は済んだし、あんまりネットに興味もなかったので
なくても別に良かったんだけど、お店やるならやっぱりFaxも使うし電話はいるから
と、去年ようやく世知原に開通した光回線を申し込んだのが二月くらいの事。
今日、やっと工事が終わり、久しぶりにノートPCを開いた。
無線でつながるのを確認して、一回再起動させたら、なんでかつながらない。
ん〜もう!
佐々までLANケーブルを買いに行って、帰ってきたら
つながっとるし!
なんなんや、もう!
でも、せっかくなんで、PCをもうちょいちゃんと使いこなせるようになろうかと思う。
放置状態だった地球屋のホームページも、近々リニューアルさせます。

↓PCの中に居たかわいい たむじゃなくて梵天

 

 

2017.03.25 Saturday

生きる!

このところの知世子さんの成長ぶりは目覚ましく、 瞬く間に、乳児から乳幼児へと進化し続けている。 二人でお留守番したり、温泉に入ったり、 軽トラにチャイルドシートを乗せてお出かけしたりと 二人の時間や過ごし方も多様化してきた。 一般家庭に比べ、来客や会う人も多いので (現在もフランス人2名逗留中) 人見知りはほとんど無く、ニコニコブンブン愛想を振りまいている。 おっぱいをくれる母親と、もう一人必要な人間として 僕という存在を認識してくれてるのだろうなぁ。 膝の上で静かに確かに寝息をたてる姿と 支えている右手のしびれが 自分が父親なんだという実感と喜びを伝え、 そして、覚悟をひっしりと感じる。 今までにはなかった、不思議な感情。
産まれて満11ヶ月。 お腹の中に居た時よりも、 もうこの娑婆の暮らしの方が長くなっているんだよなぁ。 両の手でスポッと収まるくらいだった小さな身体の生き物も、 倍以上の大きさと重さになって、 感情表現も豊かになって、 寝ている僕らの身体を楽々とよじ登るようにまで成長した。 食欲の旺盛さは、間違いなく僕ら譲り。 これから、二足歩行ができるようになって すっ転んで擦りむいて大泣きしたりしながら ぐんぐん足が速くなって 手加減無しのキックやパンチで泣かされながらも、 その成長を喜び いっちょ前に口応えなんかするもんだから 本気でムカついたり 好きな人が居るらしいとななこさんから聞いて 手当たり次第にオロオロして いつまで一緒にお風呂に入れるんだろうかと不安になって 田島さんとかに相談したり まあ、色々あるんだろうな(笑) 大切な友人シュウさんが今月亡くなったとの知らせを受けて 尚のこと、まだ死にたくない!と思うが こればっかりは誰も分からない事なので、 明日の朝も普通に目覚め 元気に1日1日を大切に楽しみたいなぁと 切に思う。 今更ながらに、僕は僕だけの僕ではなくて 家族や友達、仲間 いろんな人達の僕なんだと シュウさんの死を通じて想う。


2017.03.20 Monday

永遠の前の日

昨日の夕方、友人の突然の訃報を聞き 茫然と帰宅していたら カーラジオから松たか子の「明日春が来たら」が流れ サビの『永遠の前の日』という言葉がグサッと胸に響いた。 こないだの愛宕山祭で久しぶりに顔出してくれて、 いつものように変わらず飲みながら たわいもない話をして、 僕のボヤきも適当に聞いてくれて、 「じゃあまたね!」って言ったばかりじゃん! あの日が最後に会った日。 そして、もうこの世じゃ会えない。 あの世とか、来世なんて誰も知らないし 形あるもの全て いつしか滅びる。 永遠の前の日 店で彼しか飲まない麦焼酎を買って、 返しそびれたままになってしまった キープボトルのドッグタグをかけて タイムラインを読み返し、 忘れていた事の一つ一つ思い返す。 去年の愛宕山祭で彼が買ったレモンの苗木は、 うちの畑に植えてある。 去年一個実はついたが、成長せず収穫には至らず 今も冬枯れの葉っぱと共に朝の寒さと静けさの中に佇む。 この木で収穫したレモンの麦焼酎割り、 呑ませたかったなぁ。 きっと満面の笑みで 「うまぁ〜!」と絶叫してたろうに。 あほんだらぁ! 電話の一本くれればよかったのに。 いや、こっちから電話でもすりゃよかったのに。 永遠なんてものがあるならば、 陽は昇り沈み、海は満ち引く。 ただそれだけ。 頭良すぎて、お酒に逃げて酔っ払うと泣き上戸の困ったちゃんだったりもしたけれど、 なんだかんだ一緒に車でよくイベント出店に出かけたなぁ。 知世子が生まれた日、早速病院に会いにきてくれた事 ずっと忘れない。 旅や本の話、もっと聞きたかったなぁ。 彼はもう此処には居ない。 僕らはまだ此処に居る。 永遠の前の日に、 僕らは生きている。 生きているからこそ、花は咲く。
2017.03.05 Sunday

特技 お風呂炊き

日暮れに作業を終え、うちの山道を散歩がてら 枯れ枝を拾い お風呂炊き。 缶ビールを開けて、「あ゛〜っ」と一声。 火を観ながら今日の一人慰労会。 僕の身体よ、ありがとう。 事故無く怪我無く(毛はまだ有る)
無事で良かった。 障子越しに知世子さんとななこさんのやりとりを聞きながら、 ささやかな幸せを思う。 早く井戸を復活させて、100%自給自足のお風呂に 知世子さんを入れてあげたいと願う。

2017.02.24 Friday

春のはじまり

愛宕山祭り 出店初日 寝不足がたたって夕方さすがにヤバいと思い、 林ちゃんの喘ぎ声が気になりつつ、隣でマッサージを受ける。 ヨダレだぁだぁの心地よさで、スキッと身体が軽くなった。 仕入れをすませ、20時ごろ帰宅。 ワタワタと掃除をして、薪ストーブとお風呂に火をつけて 、コンビニまでドッグフードを買いに行き、 荷物を降ろしてやっと一息。 ああ、なんて薪ストーブは暖かいんだろう。 昨日も薪をケチらず焚いておけばよかったな。 今年の冬には、ばっちり薪を蓄えておくぞ。 来週には3月なんだと気付き、ちょっとこりゃ気合い入れていかんとヤバいぞ!と、頭の中を整理しつつも、 いったんお風呂に入って今日1日を締めくくり、 24時で仕込みを切り上げて明日の出店に備えよう。 5月21日(日) 地球屋25周年の日に、 世知原 お山の地球屋 山開きをします。 言ったからには、目標目指して勢いに乗るだけ。 そう言う意味で、今すごく充実しているし、 健康第一でバリバリいくぞ。

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